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埼玉県の中世城館跡を歩いてます [埼玉県の城館跡]

■追記
これまでに訪れた主な城館は以下の通りです。このブログで紹介している城館跡の記事にはリンクを設けてあります(訪問順、随時更新)。
■記録
・鉢形城跡(大里郡寄居町)…2021年5月1日
・小倉城跡(比企郡ときがわ町田黒)…2021年1月1日
・杉山城跡(比企郡嵐山町)…2020年5月
寄居要害山城跡(埼玉県大里郡寄居町金尾)…2015年2月27日
・杉山城跡(比企郡嵐山町)…2009年5月3日
・菅谷館跡(比企郡嵐山町)…2008年12月6日
・大和田陣屋跡(さいたま市)…2008年5月5日
・月輪館跡(比企郡滑川町)…2008年3月9日訪城
・羽尾城跡(比企郡滑川町)…2007年11月
・腰越城跡(比企郡小川町)…2007年2月25日
・青山城跡(比企郡小川町)…2007年2月12日
越畑城跡(比企郡嵐山町)…高速道路建設で大部分が消滅…2007年1月28日
・畠山氏館跡(深谷市)…2006年7月8日
・川越城跡(川越市)…2006年6月1日
・常光院(熊谷市)…2006年5月7日
仲山城跡(秩父郡長瀞町)…2006年5月5日
雉岡城跡(本庄市児玉)…2006年4月23日
天神山城跡(秩父郡長瀞町)…2006年4月16日
忍城跡(行田市)…石田三成の水攻めにも耐えた名城…2007年3月21日
滝の城跡(所沢市)…2006年3月12日
青鳥城跡(東松山市)…2006年3月6日
源範頼館跡(比企郡吉見町)…2006年2月25日
難波田城跡(富士見市)…2006年2月20日
鉢形城跡(大里郡寄居町)…2006年1月29日
菅谷館跡(比企郡嵐山町)(写真紀行カテゴリー)…2005年7月28日
・寿能城跡(さいたま市)…2005年7月22日
伝源経基館跡(鴻巣市)…2005年5月27日
・大蔵館跡(比企郡嵐山町)…2005年4月5日
・腰越城跡(比企郡小川町)…2004年11月3日
・菅谷館跡(比企郡嵐山町)…2004年4月8日
・小倉城跡(比企郡ときがわ町)…2004年3月6日
・足利基氏館跡(東松山市)…2004年2月28日
・大穴城跡(坂戸市)…2004年2月11日
・大堀山城跡(川越市)…2004年2月11日
花園城跡(大里郡寄居町)…2004年2月1日
・松山城跡(比企郡吉見町)…2004年1月6日
大築城跡(比企郡ときがわ町)…2003年12月23日
・竜谷山城跡(入間郡毛呂山町)…2003年11月8日
・小倉城跡(比企郡ときがわ町)…2003年11月3日
・高取山城跡(入間郡越生町)…2003年10月11日
・杉山城跡(比企郡嵐山町)…2003年10月5日
・青山城跡、腰越城跡(比企郡小川町)…2003年9月23日
・高見城跡(比企郡小川町)…2003年8月21日
 私は冬場を中心によく山城(やまじろ)跡や館(やかた)跡などの中世の城郭(じょうかく)跡を歩いています(写真は埼玉県比企郡の松山城跡)。
 さて、城(城郭)というと平野部に築かれた天守閣や石垣をめぐらせた近世城郭を想像する人が多いのですが、織田信長の築城した安土城以前の中世城郭は、土塁や堀をめぐらした地方豪族の「館」や、山頂や尾根などの地形を利用した「山城」のことを言います。これらの中世城郭跡には館、門、櫓(やぐら)など当時の建築物は全く残っていません。
 こうした中世城郭が埼玉県内だけに限っても679カ所確認されています(1988年現在)が、宅地化や道路建設などの影響で一部または全てが破壊されたものもあります。
 関東地方には、この地を制覇した後北条氏に関係する中世城郭が多いのですが、これら中世城郭には篭城して敵の侵入を防ぐための様々な工夫が見られます。こうした戦略の盛り込まれた城造りプラン全体を「縄張り」といいます。
 例えば周囲に「土塁」や「堀」を巡らしたり、敵が尾根筋から攻めてくるのを防ぐために尾根を削って堀にする「堀切(ほりきり)」を設けたり、守りやすく攻めやすい工夫をこらした入り口(これを「小口」といいます)を造ったり、敵が斜面を横に移動するのを防ぐ「竪堀(たてぼり)」を造るといったものです。
 特に、敵の攻撃に対して正面から闘うと同時に敵の側面に対しても同時に攻撃ができるように陣地を一部突出させたり、進入路を直角に曲げたりする工夫は「横矢掛け」といって後北条氏の得意とするものでした。
 このような城郭の工夫の痕跡の多くは木々や薮の中に隠れていてすぐに見つけ出すことは困難なのですが、人為的に造られたこうした痕跡を発見して感動したり、その城をかつて設計・築城した人々のねらいや戦略を想像したりして戦国時代に思いを馳せています。
 もちろん鉢形城跡(大里郡寄居町)、菅谷館跡(比企郡嵐山町)のように国の史跡として整備されていて見学・観察しやすい城跡もありますが、多くは自然の中に埋没しているので、わかりにくいばかりか危険な場合もあります。興味がある人も必ず詳しい方と一緒に歩いて下さい。私も崖から落ちそうになったり、竪堀の中を滑り落ちたことがあります。 ■参考資料 『城郭資料集成 中世北武蔵の城』梅沢太久夫、岩田書院、2003年
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あの遠い夏の思い出

ありがとうございます m__m
by あの遠い夏の思い出 (2006-02-15 15:37) 

左馬介

御訪問ありがとうございます。ckk12850を改め、「左馬介」をハンドルネームとさせて頂きました。今後もよろしくです。
私は、城の中で迷子になって、自分の乗ってきた車が見つけられないことが何度かありました(笑)
長靴の中まで泥が入り込んだことも。
天守閣のある城も楽しいですが、中世の城館も楽しいものですね。
ではまた。
by 左馬介 (2006-02-15 22:07) 

i-shinkuro

左馬介様、コメントありがとうございます。それからトラックバックありがとうございました。これが生まれて初めてのトラックバックです。「用語・歴史解説」の記事もしっかり読ませていただきます。これからもよろしくお願いいたします。
by i-shinkuro (2006-02-15 22:29) 

√

こんにちわ。ネット上ではもちろんはじめまして、ですよね。√(ルート)です。
教えてもらった通りに遊びにきました。
地元の記事、読みました。おもしろいページですね!記事の数を見て、比企郡にもたくさん遺跡があるんだなって思いました。
これからも時々遊びにきます!!よろしくお願いします(^-^)v
こんなフランクな感じで、すみません。
by √ (2007-03-20 15:47) 

i-shinkuro

>√様、初めまして!ご訪問&コメントありがとうございます。
いまは家事におわれてなかなかブログの更新が難しいのですが、時間を見つけて細々とではありますが、手を入れていきたいと思っています。
歴史を訪ねる旅が大好きで、写真もたくさん撮っていますので少しずつですが紹介していくつもりです。
ということで、大昔に撮影した写真も時々出てくると思います。
暇なときにでも見に来てください。冒頭にある記事以外にも新しく書いた記事がある場合もありますので、目次の「新規記事情報」も覗いてみてくださいね。
では、これからもよろしくお願いします。
by i-shinkuro (2007-03-20 19:55) 

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